解決事例報告

障害のある労働者に対する「合理的配慮」のないまま復職拒否(解雇)された事件

2017.11.17 中西基

1 はじめに

障害のある労働者が合理的配慮の提供を受けられないまま復職を拒否された事件について地位確認・賃金請求と慰謝料請求の裁判を2017年8月に大阪地裁に提訴しました。

2 事案の概要

被告会社は半導体関連材料を製造する東証一部上場の企業です。

原告は、提訴時43歳の男性で、国立大学の大学院工学研究科を修了後、1999年に入社し、生産技術の研究開発業務に従事してきました。2004年から3年間はアメリカの大学に研究員として派遣され、国際学会で報告したこともありました。帰国後、広島県尾道市内の生産拠点で生産技術開発の業務に従事し、社内で功労表彰を何度も受け、多数の特許も出願してきました。

原告は、オフロードバイクを趣味にしており、休日である2014年5月3日にモトクロスの練習中、他車と正面衝突する事故に遭って、頸骨骨折、頸髄損傷等の傷害を負いました。事故翌日からは年休を取得し、年休を消化した同年7月4日からは欠勤、同年10月4日からは休職扱いとなりました。社内規定により休職期間は27ヶ月、休職期間満了日は2017年2月3日とされました。なお、就業規則には、「休職期間中において、休職の事由が消滅したと会社が認めた場合は、原則として復職させる。」との規定があります。また、「社員が次の各号の一に該当したときは、社員としての資格を失う。」との規定があり、その事由の1つとして「休職期間が満了したとき」が規定されていました。

原告は、頸髄損傷の後遺症により、下肢の完全麻痺、上肢の不全麻痺(車椅子の自躁は可能、パソコンの操作は可能、スプーンで食事を採ることは可能)、排尿排便障害(排尿は勤務中はバルーンカテーテルを留置、排便は週2回午後から早退して自宅で訪問看護により実施)などが残りましたが、従前の生産技術開発業務に従事することは十分に可能と考えられました。なお、自宅(神戸市)は車椅子生活のために改装工事を済ませており、また、両親や親族が近くに住んでいるため、自宅(神戸)以外に転居することは難しい状況でした。

原告は、体調も回復してきたことから、2016年8月上旬、復職したいとの意思を上司に伝えました。原告は、神戸市の自宅から広島県尾道市内の会社まで通勤して勤務するのではなく在宅勤務制度による在宅勤務が第1希望であるが、復職を最優先に考えているので、勤務形態や勤務場所については状況に応じて相談させてもらいたいと伝えました。また、もし自宅(神戸)から尾道まで通勤する場合には、新神戸駅から新尾道駅まで新幹線を利用し、新尾道駅から会社まで福祉タクシーを利用することになるため、その交通費を会社で負担してもらいたいと申し出ました。

この間、何度か上司や産業医と面談が実施されましたが、復職に向けた具体的な条件や、復職後の合理的配慮の具体的な内容についての話し合いは行われませんでした。

原告が会社に提出した診断書には、「後遺障害あるも症状安定している。就業規則どおりの勤務(月~金の週5日、午前8時~午後4時45分、休憩12時~12時50分)は問題なく可能である」、「四肢障害の後遺症はあるも不安定な疾病はないため、業務に伴う疾病悪化リスクもない」、「下肢完全麻痺・上肢不全麻痺であり車いす移動(自身での移動は可能)のため、可能な業務はその範囲でのものに限定される」、「病状的に禁忌制限としているものはない」などと記載されていました。

結局、会社は、理由は一切明らかにしないまま、「復職は不可との結論になりました」と通知し、2017年2月3日に「休職期間満了」により「退職となる」と通知し、それ以降、就労を拒否しています。

3 障害のある労働者に対する合理的配慮の提供義務

2016年4月から施行されている改正障害者雇用促進法では、障害のある労働者を雇用する使用者には、「合理的配慮」の提供が義務付けられています。「合理的配慮」とは、障害のある人が障害のない人と平等に人権を享受し行使できるよう、一人ひとりの特徴や場面に応じて発生する障害・困難さを取り除くための個別の調整や変更のことをいいます。例えば、車いすを利用している労働者に対しては、職場にスロープを設けたり、高いところにある物を手が届く位置に移したりなどが考えられます。どのような「合理的配慮」が提供されるべきかについては、労働者の状況のみならず、職場の状況、担当する仕事の内容等によって千差万別ですので、使用者と労働者が十分に協議して決定していく必要があります。

本件では、合理的配慮の提供のための協議が尽くされないまま、結果的に、何の合理的配慮も提供されず、復職が拒否されました。裁判では、合理的配慮の提供にむけての協議のあり方、どのような配慮の提供が義務付けられるのか、協議を拒否したまま休職期間満了となった場合の法律関係などが争点になろうと思われます。ご注目ください。